始まった超人と少女の戦い。 勢いに任せ、次々と拳を、蹴りを放つ。放つ。放つ。さすがのディフェクティオも 捌ききれずいくつかは顔面を、腹をまともにとらえる。が、 パン、パンというなんとも弱々しい打撃音。 顔面をとらえた打撃さえも、ディフェクティオはまばたき一つせず、むしろ顔面で 受け止められているようだった。 「あ・・・」 想像はしていたがエネルギーによる後押しを失った自分のあまりの非力さに 呆然となり後ずさるソフィー。 「あー、ごめんごめん。それなりに痛いわよ」 心にもない事を言う口調。拳や肘、膝など固い部分がそれなりに速度もって ぶつけられているのだ。痛くないという事はない。だが、ダメージにはなりえない。 ピンポン玉をぶつけられて倒れ付す人間などいないのと同じだ。 「くっ・・・あぁああああっ!!」 振り払う様に再び攻撃を繰り出すソフィー。今度はその一つ一つに渾身の力を込めて。 どこに当たろうが、いや当たらずとも構わない。全力を叩き付ける。 力も高い運動能力も失われているせいでやはりどれだけ力を込めても、その威力はたかが知れていた。 しかしそれでも超人的能力の片鱗を見せる。 飛び上がりながら回し蹴りを放ち、その回転を活かし着地するまでに後ろ回し蹴りを放つ。 ゴッ!!鈍い音。ソフィーの拳や肘より更に固く重いブーツの踵部分が さっきまでと同じ様にときどきわざとソフィーの攻撃を受けていたその顔面の頬の部分にめり込んだ。 「・・・っ!?」 ディフェクティオの口から一筋の赤い血が流れる。 (行ける・・・!?) 負けない、諦めないと口にはしていたソフィーだが、 その心のどこかには常にこのどうにもならない状況に屈してしまいそうな自分がいた。 だが今、僅かながら全くの無力ではないという希望をみいだしたのだ。 だが、そこまでだった。 バヂィン!!振り抜かれたディフェクティオの裏拳。 能力を失った事で動きは限られてしまうと、攻撃に徹していたソフィーの頬まともにとらえた。 身体ごと吹き飛ばされるソフィー。地面に衝突した後も数メートル滑ったところで ようやくその勢いは止まった。 「あっ・・・ああああっ!?」 殴られた頬を抑え取り乱した様に悲鳴をあげる。そのときソフィーは 予想していた痛みよりも遥かに強い痛みに襲われていた。 失念していた。弱くなったのは力だけではなかった。ソフィー達は普段戦闘中 無意識に身体にエネルギーによる防御膜を張って衝撃や痛みを和らげているのだ。 意識的にエネルギーを操作するバリアーとは違って無意識下でのことなので、 それすらも失われている事に攻撃を受ける今まで気づかなかったのだ。 「う・・・あぁ・・・」 涙目になって腫れ上がった頬を抑えながら立ち上がるソフィー。 小さいながらも希望をみいだしたばかりなのだ。この程度の痛みで倒れるわけにはいかない。 「だぁっ・・・」 痛みをこらえ再び挑みかかろうとするが、一瞬のうちに距離を詰めてきたディフェクティオが目の前に突如現れる。 「サービスタイムは終わりよ」 冷たい笑みを浮かべるディフェクティオの顔が眼前に迫っていた。 ソフィーの腹に突き刺さるディフェクティオの拳。 「がはぁっ・・・!!」 と蓄えていた息を一息に吐き出し身体がくの字になったソフィーの、顔に、背に、膝が、肘が見舞われる。 激痛と衝撃に崩れ落ちそうになるが、なんとか踏ん張ってその場を飛び退く。 だが、ディフェクティオとの距離はまるで離れていなかった。離れようとしてもあっさり追いつかれる。 自分がいつものように俊敏に動けないせいか、ディフェクティオの動きがいつもより何倍も速く感じられる。 「うわぁっ!!」 ディフェクティオが拳を振りかぶると反射的に両腕で上半身を守るように身体を丸めていた。 ガードの上からでも構わず殴り続け太腿には蹴りが打ち込まれる。 「うあっ・・・あっ・・・!」 ソフィーの両腕、両太腿がみるみる痣だらけになっていく。 「ふふ・・・あははは・・・」 ディフェクティオはこらえきれず笑いをもらしながら、狂ったようにソフィーを痛めつける。 目の前でソフィーが痛みに苦しみ喘ぎ、目には涙をうかべている。 彼女にとってこれ以上の快感はないのだ。そういう風につくられたのだ。 「わあああああ!!」 両腕を頭の上で交差させ目を固く閉じたまま体当たりするソフィー。 まさに手も足も出ないソフィーにできる必死の抵抗だった。 「あははは、本当可愛いわねあなた!」 「あぁっ!」 必死の抵抗もむなしくあっさり躱された挙句すれ違い様に美しい紅髪を鷲掴みにされる。 ブチブチィッ!!と髪の抜ける音。投げ飛ばされるソフィー。 「うぅっ・・・!」 痛みに細められた目で投げ飛ばされた先を確認し凍り付く。 (エネルギーロープ!?) 飛行能力を失った今のソフィーに空中でその勢いを殺す手段はない。 なす術無く衝突する。 「あっ・・・あぁぁぁあああああああ・・・!!」 闘技場に響き渡る絶叫。意識が飛びそうになる程の痛みと熱が体中を駆け巡る。 吸収した光線をその身に浴び続けるのと同様の威力がソフィーを襲う。 程なく、重力を受ける身体はしかし、ロープに引っかかる様に足からゆっくりと地面に降りていった。 両膝からがっくりと崩れ落ちそのままうつ伏せに倒れ付した。 「あ・・・ぁ・・・」 ピクリとも動かずだらしなく開かれた口から唾液とうめき声が漏れるだけだった。 「ふん、やっぱりこれは今のあなたには強すぎたみたいね」 動かないソフィーをディフェクティオが仰向けに蹴り転がす。 ソフィーは動かない。壊れた玩具を叩いて直そうとするかのごとく 蹴り飛ばし、持ち上げては地に叩き付け蹴り飛ばした。 だが相変わらずソフィーに動く様子はなく、悲鳴という反応があるのみだった。 「ほら、意識はあるんでしょ?さっきみたいに頑張ってみなさいな」 「うあ、あああああっ!!」 脱力したまま動かないソフィーの膝を極めてみたりする。 すると悲鳴は先ほどと同様だが明らかに力を入れて脱出しようと抵抗していた。 確かにダメージと痛みで身体が動かないというのもあったのだろう。 だが実際にはディフェクティオの激しい攻撃、普段の何倍もの痛み、 エネルギーロープの衝撃、そして何より能力を失い自分自身があまりに無力となった事実に、 心の方が先にまいってしまっていたのだ。心が折れていては元々動かない身体を引き摺り起こして戦おうとなどするはずがない。 「なんだ、やっぱりまだ動けるんじゃない」 「うっうぅううううう・・・!!」 心は諦めても脚を折られそうになる恐怖に身体は反応し抵抗していたのだ。 「だったら・・・」 ニヤリと悪戯を思いついたような笑みをうかべるディフェクティオ。 一度ソフィーを開放し仰向けにする。 身体は開放されたが極められていた左膝の痛みから開放されることはなかった。 開放されていたのは本当に一瞬だった。 「命が危険に晒されたらどうするのかしら?」 言うなりソフィーの首に脚を絡ませ締め上げるディフェクティオ。 「あ・・・ぁっ・・・」 両手は絡められた脚を引きはがそうと。極められまともに動かない左脚は捨て置き右足だけでもその場から逃げようともがく。 だが、首を締め上げる力はどんどん強くなり、力を失ったソフィーにどうこうできるものではなかった。 「ほら、頑張らないと?あなたの護りたいもの、全部私が壊しちゃうわよぉ」 そんなディフェクティオの声を薄れゆく意識の中で聞き、ソフィーの心は更に絶望へと沈んでいった。 もう、力が湧いてくることはなかった。自分が護らなければいけないと、わかっているのに。