ソフィーと怪獣の闘いが繰り広げられている近くのビルの屋上。そこにもまた、怪獣と少女の闘いを 見つめる男が一人。だが、その男は他の街の人々とは様子が違った。 「やはりファイアーモンスでは力不足だったか・・・」 『ファイアーモンス』・・・おそらくソフィーと戦っている怪獣の名前だろう。少女が優位に戦いを進める 様子を見て男はいかにも怪訝そうに言い放つ。そう、この男は明らかにソフィーの敗北を望んでいるのだ。 キンッという金属音と共に男が脇に差していた一振りの剣を引き抜く。 「ファイアーモンス!!」 叫びながら男は怪獣、ファイアーモンスめがけ剣を投げる。  「はっ!やっ!たぁっ!」 機動力の差を活かしファイアーモンスを圧倒するソフィー。ソフィーの素早さについていけない ファイアーモンスの攻撃はそのほとんどが空振りに終わり、逆にソフィーの技は次々と決まった。 そした空中からの攻撃を決めようとしたそのとき、一振りの剣が飛んで来ると、 ソフィーから見れば爪楊枝程度の大きさだった剣が巨大化し、ファイアーモンスの手に吸い込まれる様に納まる。 「なに!?」 突然のことに攻撃を中断し着地するソフィー。ゴウッと豪音をあげ怪獣が手にした剣から炎が吹き出す。 「炎の・・・剣!?やはりこの怪獣、誰かに使役されて・・・」 怪獣が自ら武器をとり戦うということは考えづらい。おそらくこの炎の剣をファイアーモンスに渡した男こそ この怪獣を使役し、街を襲わせた張本人なのだろう。 一瞬、このファイアーモンスを使役しているであろう人物を捜そうと視線を巡らすソフィー。 「うっ・・・!?」 しかし、炎の剣を持って襲いかかってきたファイアーモンスにすぐに意識を戻される。 縦に振リ降ろされた剣を身体を横にズラし回避する。しかし、その剣圧が、剣から発せられる炎の 凄まじい熱が、ソフィーを戦慄させる。熱や衝撃、斬撃に対し、ある程度の防御力を持っている ソフィーだったが、その剣の凄まじさ、そして怪獣の腕力をもって振るわれるそれを受ければ ただではすまないであろうことは用意に想像できた。一瞬たじろぐソフィーにファイアーモンスは ブンブンと力任せに剣を振り回し、ソフィーへと迫る。 「くっ、うっ・・・」 でたらめに振るわれる剣に簡単に捕らえられるソフィーではないが、彼女から近づくこともまた難しかった。 「キャッ・・・あぁっ!?」 突如、剣が身体をかすめてもいないのにソフィーの口から悲鳴がこぼれる。ソフィーの右膝からは 黒煙が立ち上り皮膚が黒く焼け焦げていた。斬撃は確かに躱したが剣から発せられる炎がかすり ソフィーの皮膚を焼いたのだ。 (そんな・・・なんて剣なの!?) 男がファイアーモンスに渡した炎の剣の力はソフィーの想像を遥かに越えていた。飛び退き焦げた 膝を抑え歯噛みするソフィー。だが痛みが引くほどの時間は与えてもらえない。距離が離れファイアーモンスは ここぞとばかりに炎を吐き出す。 「うわぁあっ!!」 一瞬炎に飲み込まれるがすぐに横に跳び逃れる。だが、すぐにまた剣を振り回しファイアーモンスが襲ってくる。 形成は完全に逆転していた。ソフィーの戦いを観戦していた街の人々からもざわざわと不安の声が漏れ始める。  相変わらず剣のリーチ、そしてかすめただけでも熱傷を負うほどの炎でファイアーモンスがソフィーを寄せ付けない展開が続く。 こういう事態にそなえソフィーなど一部の戦士には武器となるブレスレットが与えられているのだが、 今ソフィーの左手首にはめられているそれは、とある事情により今手元にない母の形見の代わりに付けている イミテーション、つまりなんの能力もないアクセサリだ。 「なんとか・・・なんとかしないと・・・!」 意を決するソフィー。振り下ろされる剣。ガキイィン!! なんとソフィーは剣を避ける事なくなんの能力も持たないブレスレットで受け止めたのだ。 「ぐっ・・・あああああああぁぁ!!」 しかし、斬撃は止められても剣から発せられる炎がソフィーの左手を蝕む。 「だぁっ!!」 焼かれる手の痛みに両目を固く閉じ涙を浮かべながらも怪獣の巨体ごと弾き跳ばすソフィー。そして、 ファイアーモンスが体勢を立て直すよりも早く、重心を落とし集中する。ソフィーの足下から緑色の光が発せられる。 「おぉっ!あれは!!」 守護者の劣勢にどよめいていた人々から再び活気を帯びた声が出る。そう、彼らも何度も目にしている ソフィーの必殺光線、『ライトニング・レイ』。その構えだ。 「はっ!!」 握りこぶしにした左手の上に右肘をのせ、腕でL字を作るとそこから強く光る緑色の光線が放たれる! 凄まじいエネルギーの放出による反動でソフィー自身も地面を削りながら後方に身体がずらされる。 「いけー!」 誰もが、ソフィー自身も勝利を確信した。だが、そんな彼らと彼女の表情が凍り付く。 なんとファイアーモンスは炎の剣でソフィーの必殺光線、ライトニング・レイを受け止めて見せたのだ。 そこまでならまだ良かった。 (せめてあの剣を破壊できれば・・・) しかし、あろうことか炎の剣はソフィーの必殺光線を耐えきり弾き跳ばしたのだ。 必殺光線とは文字通り敵を確実に葬るための一撃。それだけに多くのエネルギーを消費するのだ。 幸いここまでに消費していたエネルギーはさほど多くなかったためカラータイマーはまだ 緑から黄色に変わり始めているといったところだが、多くのエネルギーを消費してもなお 事態が好転しなかったということは、そのまま更なる窮地に陥ってしまったという事なのだ。 「あ・・・ぁ、そん・・・な・・・」 愕然とするソフィー。ただ単に多くのエネルギーを失ったというだけではない。自分の最高最強の技を いとも容易く防がれてしまったのだ。 「はっ・・・!?」 あまりのショックで茫然自失となっていたソフィーの眼前、横一閃、炎の剣がなぎ払われる。 上体ををそらしギリギリでかわす・・・が、 「あっ!!・・・あああああぁぁっ・・・!!」 身体をくの字に曲げ両手で顔を覆い絶叫する。足下がおぼつかない。 見守る人々も何が起きたのかわからなかったが、すぐに気づく。 「あ・・・あれ」 一人が指さすとソフィーはなおもうめき声をあげながら片手で目の辺りを抑えて、もう片手は 暗闇の中を手探りで歩くように宙を彷徨っていた。 「目を・・・やられたんだ・・・」 不意を打たれたソフィーは斬撃こそかわせたものの、膝を焦がされたときと同様、あれ以来細心の 注意をはらい避け続けてきたというのに、必殺光線を防がれたショックから今度はあろうことか 両目を灼かれてしまったのだ。 「うっ・・・うぅ・・・」 痛みをこらえ少しずつ目を開くソフィー。だがその瞳は明らかに焦点が定まっていなかった。 細目のまま周囲や自分の手を見やり目の状態を確認するソフィー。どうやら失明こそしていないものの 彼女の瞳はその視力のほとんどを奪われてしまっているようだ。 「目・・・目が・・・」 強烈な炎に灼かれた目は少しでも開いていると酷く痛みすぐに固く両目を閉じてしまう。 目が開けられたとしてもファイアーモンスの猛攻により辺りが再び火の海となっており、 視力が失われている今の状態では炎が発する光がじゃまでたいした助けにもなりそうもない。 おまけにその炎は激しい音を立て燃え盛り、気流を乱し、聴覚や触覚を頼りにすることも許さない。 突如暗闇の世界に放り込まれてしまったソフィーは文字通り手探りの姿勢で、ふらふらと 足下が定まらず、不安にかられる様に頭をふり、敵を捜す。 「どうしたら・・・どうしたら良いの・・・」 視力を奪われたソフィーの心はすでに不安でいっぱいだった。目が見えない中怪獣が強力な武器、 それも刃物を持って襲いかかってこようとしているのだから当然だ。それでも彼女は 諦めるわけにはいかなかった。いまここで退いてしまえば街は壊滅させられてしまうだろう。 及び腰になりながらもファイティングポーズをとるソフィー。だがそんなものは無意味だった。 「きゃああああ・・・!!」 まったく回避行動をとれないまま思い切り構えていた左腕を斬りつけられる。 骨まで届こうかというほど深い裂傷、同時にひどい火傷を負う。傷口をすぐに灼かれているため 傷の深さに反して出血は少なかった。戦う上ではありがたかったが、後々これがソフィーを 生き地獄へと陥れる事になる。 「くぅううううっ・・・!!」 「ぃやぁああああああ・・・!!」 無防備に攻撃に晒されるソフィー。悲痛な叫びが何度も、間断なく響き渡る。 目が見えないため一切の回避行動がとれないソフィーは一太刀一太刀深々と切り裂かれ、 その一つひとつが重傷と言えるほどの傷だった。そして、それと同時に負うこちらも重度の火傷。 「くっ・・・だぁ!・・・やっ!」 それでも諦めずに斬られた方向に向かい反撃する。しかしそこにファイアーモンスの姿はなく あさっての方向に拳が空を切る。 「あぁ・・・駄目だ、全然見えてないんだ・・・」「こんな、こんなのって・・・頑張れ!ソフィー!」 目の前で肉を切り裂かれ、灼かれ、悲鳴をあげ、目に涙を浮かべながら、 暗闇の恐怖に怯えながら、少女が闘っている。 少女はすでに腕や太腿など体中ズタズタになっている。だがそんなことで怪獣が容赦するはずもなく 攻撃はやむ事なく更に少女を傷つけていく。肉を切る音、灼く音、少女の悲鳴、反撃、空振り、その繰返し。 あまりにも凄惨な光景だった・・・。 「あぐっ!!うぅううううう・・・!!」 ここまでなんとか反撃をしていたソフィーが崩れ落ちる。立ち上がろうとするもすぐにへたり込んでしまう。 どうやら左膝を深く斬られたようだ。膝の骨は勿論、あるいは靭帯まで斬られているのかもしれない。 左脚にまったく力が入らない。 「はっ・・・あっ・・・あぁっ・・・」 痛みを堪え立とうとする。が、立てない。どうしても立てない。立ち上がろうとして少し腰をあげる度 生まれたばかりの子鹿のように崩れ落ちる。もうそれは精神論云々の話ではなかった。すでに右脚も太腿や ふくらはぎなどに深い裂傷や熱傷を負っている。機能を失った左脚を庇って立つ余力など残ってないのだ。 「もう、駄目だ・・・」「ソフィーがやられる・・・」 人々は立ち上がることもできずその場でのたうつあまりにも悲痛な姿に、あるものは諦めの言葉を口にし、 あるものは口をとざし、ただただ愕然としていた。今までにもソフィーが危機に陥る事はあった。 だがこれまでのピンチとの明らかな違い、─もういつ死んでしまっても、殺されてしまってもおかしくない。 そういった危機は始めてだった。 「駄目・・・負けられない!私・・・はこんなところ・・・で負ける、わけには・・・いか・・・ない・・・いかないのに・・・!?」 涙声で独り言を叫ぶがどうにもならない。そして怪獣の影が自分に重なるのに気づく。 「ああああああっ!!」 今度は脛を深々と、縦にザックリと斬り裂かれた。反射的に状態を起こし仰向けになったことで 致命傷は避けたが左脚の痛みは完全に限界を越えた。 「うぅ・・・うっ・・・」 むせびながら左脚を引き摺るように、残った動く手足で仰向けのまま後ずさる。 もうこれしか移動手段がなかった。それでも諦めない。右腕を突き出し光弾を放つ。 だが今更そんなものはなんの役にも立たない。必殺光線ですら壊せない剣だ。 あっさり弾かれる。それでも撃つ。すがるように。もうこのくらいの反撃しかできないから。 だが無情にも深く踏み込んできた怪獣に胸を横一文字に切り裂かれる。 「いやああああああああ・・・・!!」 更にバキィイイイン・・・!!という肉を斬り焼く音、金属音、様々な音が合わさった音が響く・・・。 「あ・・・ぁ・・・」 悲鳴は 「ああああああぁぁあ・・・!!」 一拍遅れて響いた。うつ伏せになり胸を抑え苦しむソフィー。返す刀がカラータイマーを襲ったのだ。 普段戦いの中で破壊されることはまずない。余程の無防備状態でこの急所に攻撃を受ける事等 そうそうないからだ。だが、今のこの状況。視力を奪われ、ズタズタにされたうえに重度の火傷を 負っている身体、そして完全に機能を失った左脚、更に胸への一太刀で仰け反っていたところ、 完全無防備で弱点を敵に晒した状態での一撃。なんとか一撃くらいは耐えられたようだが カラータイマーはヒビだらけで押せば割れてしまいそうな状況。亀裂から残ったエネルギーすらも 漏れ、失われていく。 怪獣が胸を抑えうずくまるソフィーを蹴り転がすと「あうっ」っと短い悲鳴を漏らして、 力なく仰向けに横たわった。ついにその時が来た。ガスンッ!! 炎の剣が胸をおさえがら空きになっていた腹に突き立てられる。 「がはっ!!」 腹から血液がこみ上げ咳とともに吐き出される。だが、それ以上吐血はない。傷口と同じ様に内蔵をも 灼かれ、出血は止まっているようだ。 「うっ・・・うわぁああっ!あぁ!あああああ・・・!!」 もがく。激痛に、熱さに、息苦しさに。 「はぁっ・・・あっ、あぁあああ・・・!!」 これまで以上に取り乱し、激しい悲鳴を上げる。死というあやふやなものが急激に現実的なものとなり 恐怖心を煽る。まず、身体を内から灼くこの剣を抜・・・けない。柄には手が届かない。 刃は燃え盛り触れる事すらかなわない。しかし、これだけの手傷を負い腹に剣を突き立てられ、 今なお身体の内から炎で灼かれているというのに意識だけははっきりしている。 傷口を灼かれ出血が少ないのに加え火傷を伴う裂傷の痛みが意識を覚醒させるのだ。  銀色の巨大な少女が意識を失うまでしばらく時間がかかった。それまで悲鳴をあげ続けていた。 人々はその様子をただただ見つめることしかできなかった。誰もが自分の死も覚悟していた。 いつも自分たちを護ってくれた少女は悲痛な叫びをあげ、のたうつばかり。 もう、自分たちを護る者はいないのだ。 ところが、巨大な少女は意識を失うと光に包まれ消えてしまった。 突き立てられてもなお燃え盛る剣を残して。しかしそれを見届けると怪獣もまた炎の剣を引き抜き 消えていった。どうやら目的の物はここにはなかったらしい。 生き延びた事に安堵する人々。だが─  ソフィーは死んでしまったのだろうか。もう地球の自分たちの危機に彼女は現れてはくれないのだろうか。 誰もがそんなことを考えていた。  その後、当の現場から少し離れた路地で一人の少女が全身に酷い傷と火傷を負った状態で発見された。 普通ならば既に死んでしまっていても不思議ではないほど酷い状態だったが驚くことに少女は 意識はないようだったが、吐息まじりに酷く苦しそうに喘ぎ倒れていたという。 少女は防衛隊のものと『思われる』ジャケットの下に学校の制服『だったであろう』ものを着ていたので、 発見した人もその少女が、学生で防衛隊の隊員ということで有名なある少女と気づき、 すぐに防衛隊の医療施設に搬送された。 それから3日間もうなされたまま目を覚まさなかったがその後嘘の様に容態は回復し、 まだ包帯が取れず痛む身体を引き摺る様に任務に戻ったという。