日々野は前へ突っ込んだ。そして柊と適当な距離をおいて止まる。
「さすがに安易には突っ込んで来ないんですね、偉い偉い」柊は挑発してくるつもりだ。
「相手に打たせなきゃ勝てないもんね、アンタ」日々野も言い返す。
「じゃあ私から攻めてみましょうか?確実にヒットしますよ?」
そう強がる柊の顔に、ほんの僅かに緊張の色が伺える。日々野はそれを読み取った。
「来な!」
柊はそれに答えもせず、いきなり右フックを打った。
グシャッ!と音がして「うぶっ!」と声を漏らした日々野の口から唾液が吹き飛んだ。
(あ・・・・・・わざとパンチを食らった!)日々野のセコンドははっきりとそれが見えた。
「ほら、当たるでしょ!」心配を拭い取るように柊は笑みを浮かべた。
「当たるね、まあ、当たるけど、威力の方は・・・・・・ね?」
「威力が無いって事?」柊のプライドがその言葉を見逃さない。
腰を効かせて、再度思い切り柊は右フックを打った。
(ほら来た)日々野はノーガードでそのパンチを受けた。
(ノーガード?)柊は何かが危ないと感じたが、遅かった。
日々野は飛んでくるパンチと同じ方向にグルンと首を回して威力を殺した。
後にはパンチを打ち切ってガードがガラガラに空いた柊が目の前にいるだけ。パンチを待つサンドバッグ。
ぐしゅ・・・・・・。
日々野のストレートが柊の顔面にめり込んだ。
柊はそのまま両手をだらりと下げた。日々野がゆっくり拳を下げると、柊の目は焦点があっていなかった。
「立ってるうちはまだぶち込むのが流儀だ!」日々野は右フックを打つ。
グワシャッ!と柊の顔を破壊するほどのパワーを込めた右フック。
柊は勢い良く仰向けに叩きつけられるようにダウンした。
沈黙が少し続いた。レフリーはハッと気づいてカウントを始める。
日々野が腕を回しながらコーナーに戻る。
その戻る様は、日々野にあこがれているセコンドから、戦いから勝って戻ってくる戦士のように神々しく見えた。
柊の戦術は相手を挑発させてパンチを打たせる、そしてそれを避けてパンチを打つ回避型。
それに対して攻撃型の返答を身をもって日々野は示した。
カウント8で柊は立ち上がる、そして「日々野ぉ!」と腹の底から怒りの声を出した。
本当は日々野など、どうでも良い。自分のプライドを引き裂こうとする奴を許せない。
「私は落ち着いたから大丈夫だけど、アンタそれじゃ怪我するよ」日々野は普通に言葉にしただけだが、柊は
更に挑発されたと感じたようで、一歩一歩と日々野に近づいてくる。
どういった作戦で出るのか、それとも作戦は無いのか皆が見守っている中。
柊の黒目がグルンとあがって白目になった。
そして突然ブホッとマウスピースを口から吐き出した。
マウスピースは勢い良く飛んで日々野の足元に落ちる。パンチが強烈だったのか、血が滲んでいた。
そして全身から力が抜けて仰向けに柊の体は叩きつけられた。
「・・・・・・KOです」レフリーはその様子を見て、すぐに判断した。
柊は失禁を始める。最初はブルマの性器の部分が黒くなったので、軽い尿漏れだと思われたが
その後にシャーと本格的に放尿は始まった。
日々野はその柊の姿を見て、哀れな敗者だとしか思えなかった。さんざん見栄と大口で虚飾された姿が
気絶してだらしない泥酔して寝ているような顔をしてダウン、その上全部員に失禁する姿を晒した。パンチ二発で。
「日々野先輩!」セコンドが喜びの声をあげた。
「あなたのおかげかな?このラウンドに入って冷静になれたのは」
「いえ、日々野先輩が、えーと・・・・・・そう!スゴいからです!」
「ありがとう」日々野は微笑んだ。
結局、柊派の半分の部員は部活を辞めた。そして本人も。
少数精鋭、柊部長率いる部活のメンバーは、今日もトレーニングに励んでいる。
*
日々野のセコンドをしていた後輩は、寝る前に本を読んでいた。目が少し疲れたのを感じたのは
夜の11時半。目をこする時の袖の衣擦れの音も、静寂の夜の静けさに溶け込んでいく。
しおりを本に挟んでベッドの頭側にある机に置くと、緊張しながらゆっくりと枕の下にあったブルマを取り出した。
(日々野先輩の・・・・・・どさくさにまぎれて洗うフリして持って帰ってきちゃった、バレたらどうしよう)
そう思いながら臭いを嗅ぐ。(は、初めて嗅いだ!クンクンしちゃった!こんなにおしっこ臭いんだ!)
頬が紅くなるのを自分でも感じた。
(日々野先輩!強い所もひっくるめて萌えてます!)
その頃、忘れていた宿題を思い出して、急いで済ませようとしている日々野は、くしゃみをした。
「風邪ひいたかな?」