日が経った。

「凄いです、私が思う以上に体力あるんですね」

カンノが自転車を止めて言った。

「長距離走るの得意なんよ、マラソン大会でも大体上位に食い込むよ」

ひなたも足を止めて息を整える。

「一番怖いのが、相手の・・・・・・あかりさんでしたっけ?どういうタイプの選手なのかわからない所ですが」

「うん」

「ひなたさんにスタミナがあればその間に弱点を見つける事が出来ます」

「わかった、もっと走りこもうか?」

「いえ、試合は明後日なんで、筋肉痛になるのはやめておきましょう」

「わかった」

ひなたはそう言うと、ストレッチを始めた。

「ひなたさんに付いて自転車をこぐだけで体ぽっかぽっかになりました」

カンノはにかーっと笑顔を見せる。

ひなたもつられて笑顔になってしまう。

「カンノちゃん」

「はい?」

「ありがとう、感謝するけぇ」

ひなたがそう口に出すと、カンノの頬が紅くなった。

「前もいいましたけど、私もお姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいんです。お礼を言うのはこっちです」

そう言うとポーチのピングーのバッヂを、ひなたに見せた。

「そうか、じゃあ、ひな姉ぇって読んでええよ?」

「え?え?本当ですか?じゃあ・・・・・・お姉ちゃんって呼びます」カンノの顔が赤くなった。

 

 

「・・・・・・全てが良くなって来てる気がするんよ」

ひなたはストレッチを終えると言った。

「全てが?」カンノは首を傾ける。

「ああ、ウチが本当に覚悟をして、逃げていたものから目を背けないで解決してから」

「難しいです」カンノが照れ笑いをする。

「カンノちゃんも覚悟を決めて海を泳いだじゃろ」

「はい、皆さんに迷惑かけちゃいましたけど、自分の思うままにやっちゃいました」

「それっちゃ、それなんよ」一言言うと、ひなたは帰る方向へ向かって走ろうとした。

「あ、お、ねえちゃん」

「何?」

「おねえちゃん、いっしょに丘にいって休みませんか?」

「ええよ、ついでにタメ口でいいよ」

「えと、おねえちゃん、いっしょに丘に行って休も?」

「よくできました、いこか」

「うん!お姉ちゃん!」

「自転車はここにおいといて、いっしょに歩こうか」

「うん!」

カンノは自転車を置くと、鍵をかけてひなたに走り寄った。

そして手を繋ごうとひなたに手を伸ばす。

ひなたも手を伸ばして柔らかく握る。

「目をとじると、寒い空気の中から、しんしんって音がするんですよ」

カンノは立ち止まって目を閉じる。

雪の結晶が綺麗に落ちてくるイメージ。

空は曇っていても結晶が気持ちを浄化してくれる。

辺りは無音。雪の舞う音だけが無音に響き渡る。

透き通った体を雪が通り抜けていく。

通り抜けていくほどに胸の小さな明かりが、ぽっ、ぽっと増えていく。

カンノはゆっくり目を開ける。

体全体に広がる明かりはそのままに。

笑顔をひなたに投げかける。

ひなたの体に明かりが、ぽっと付く。

ひなたも笑顔を見せる。

「さ、行くよ」

ひなたの声で、二人は歩き出した。

 

                         *

 

丘には仁と、こころがいた。

「邪魔しちゃったかの?」ひなたはわざとらしく言った。

「そういね(そうよ)、これからキスする所じゃったのに」こころが返した。

ひなた、こころ、仁が笑う。カンノはキスと聞いただけで真っ赤になっていた。

「あのね?ウチは進路決めたんよ」

こころがゆったりと言った。

「どこどこ?」ひなたが食いつく。

「島を出て、大学受ける」

「おお、どこの大学なん?」

「仁といっしょの大学」こころが恥ずかしがって照れ笑いをする。

仁も軽く笑った。

「よし、後はウチだけじゃ!試合に勝ってこの丘を守るんじゃ!」

ひなたは右手をグーにして挙げる。

ふと気がつくと、丘に四人の男子生徒が自転車を押して歩いてくる。

「あ!あいつら!」

ひなたは知っていた、ひなたを駄菓子屋でからかった連中だ。

「お前ら!何しに来た!」

ひなたが叫ぶと、カンノも全身で威嚇をしている。

「いや、あの、何ちゅううか、すまんかったの」

男子生徒の一人が言った。

「あれ?腰が低いね、仕返しに来たわけでもなさそうじゃし」ひなたがキョトンとする。

「いや、応援に来たんじゃ、あれから俺ら、恥ずかしい事したっちゅうか、騒がれてるお前に嫉妬したっちゅうか」

「その手に持ってる弾幕は?」

「これを立てに来たんじゃ」広げると、「頑張れ天川ひなた、丘を勝ち取れ」と書いてある。

「これを立てるんか?」ひなたは驚いた。

「そうじゃ、お前に会わんかったらこうやって謝るのもせんで済むと思ったんじゃがの」

「はは、許す!」ひなたは笑って男子生徒の肩を叩いた。

 

さて、弾幕を立てようかという時

黒い車が勢い良く走ってきた。

皆の前に急ブレーキで止まる。

サングラスをかけた男が降りてきた。

「天川ひなたはいるか?」物凄い圧倒感だ。

「は、はい、ウチじゃけど」

ひなたが言うと、男は急にひなたの顔を殴った。

「ぐはっ!」ひなたが凄い勢いで砂利の上に倒れた。

「試合が有利に運ぶように、痛め付けとく」男は首を傾けてコキッと音を鳴らした。

そして男は銃を出す。

皆に戦慄が走った。

「ジャマしたら撃ち殺すぞ」

銃を胸ポケットにしまった男はゆっくりと、倒れているひなたに向かっていった。

ひなたは恐怖を顔に出した。

最後には銃を使うのだろうか?使わないとしても半殺しにはなるだろう。

皆に迷惑もかかる。せめて自分だけでも・・・・・・。

 

「おい、銃だぞ」

「おお、怖いのぅ」

「撃たれたら死ぬんかのぅ?」

「誰から死ぬか?」

今来た男子生徒が四人全員、鉄バットを構えた。

「今から五分で船が出る。それまでにお前ら全員撃ち殺す事も出来るぞ」男は再度、銃を取り出して四人に向けた。

 

「誰が死ぬかのぅ!」四人は全員男に飛び掛って言った。

タン!と音がして銃が撃たれた。

その瞬間にガン!と音がして一人の鉄バットがへこんだ。

「おお、ホンモノじゃ、しかもワシは弾いたぞ!」

「ようやったの!」二人目が男の顔面に鉄バットを振り下ろした。

「くっ!」男はギリギリの所を後ろに下がってかわした。

タン!タン!

「つっ!」一人が二発撃たれた。

「両方とも腕じゃ!大丈夫!」

「おう、お前が脳天にぶち込まれてもワシらは止まらんけどの!

「この!お前ら頭イカれてんのか!」

タァン!

男が銃を撃つ。

一人、砂利にもんどりうった。

「くっ、ワシもじゃが腕じゃ、じゃがノーコンじゃこいつ」

残り二人は脱兎の勢いで男に襲い掛かる。

カチッ

男の銃の弾が切れた。

「ボケがっ!」鉄バットが男の肩にヒットする。

ゴキッと肩の骨が外れたのか折れたのか、凄い音がした。

「ううっ!」男が苦悶の声をあげて肩を庇った。

「ガキ等、極道に喧嘩売ってただで済むと思うな」男はサングラスの奥の目をギラつかせた。

それを見ても

「ヤクザ怖くてこの街でデカイ顔できるかぁっ!」全然臆さない。

男の顔面に鉄バットがヒットする。

ゴギィ!と音がして、同時に男のサングラスが割れる。

男は顔を抑えて倒れこんだ。

「お前らも撃たれっぱなしでつまるか!(いいのか!)。骨狙えよ骨!」

「おう!片手残っとるけえの!」

「ワシもノーコンな銃のせいで片手使えるわい!」

男は体を縮める。

四人組は殴る殴る。男が悲鳴をあげても殴り続けた。

「チャカ(銃)とりあげい!」一人がいうと、三人が男の服を脱がす。

「やめ・・・・・・やめてくれ」男が呟くように言うが、どんどん脱がされて行く。

銃はいとも簡単に四人組の手に渡った。

「ワシらをただの高校生と思うな!」

「四人兄弟は無敵じゃ、銃じゃ足りん足りん」

「お前も極道っぽいの」

「ウチの組と抗争するか?ボケが」

男はネクタイとトランクス意外は裸にひんむかれていた。

(抗争したらすぐに計画はパァだ、組長に殺やれる)

「わかった、わかった、すまんかった、俺はこの島から出る、許してくれ」

男はヨロヨロと車に乗り込むと、アクセルを吹かして逃げていった。

 

「兄貴、とりあえず病院行ってきてええかのぅ」

「ワシもじゃ兄貴、とりあえず体ん中に弾が残っとるのは気持ちええもんじゃないで」

「おう、オヤジに言うたら、よう撃たれた!いうて褒められるで」

「六連発リボルバーじゃったの、サイレンサーが付けれんタイプじゃ、アホかのあいつ、警察来るで」

意気揚々と四人は話している。

 

「このアホら、この街の極道じゃったんか・・・・・・」ひなたが呟いた。

 

「そこの仁さんにボコられての、組長のオヤジに説教食らったんじゃ、街を守るのがワシらの仕事じゃ!いうての」

「兄貴、アホ言われちょるぞ」

「旗立てようぜ、病院行く前に」

「痛いのぅ」

 

四人の言動は無茶苦茶にクロスオーバーしていた。

「まあ、一番年上のワシから言うが、お前ら守る奴等は前面抗争しても叩き潰しちゃるけぇ、ま、自己紹介しちょこうか」

「あ、うん」ひなたが頷く。

「三年の龍雄(たつお)」

「二年の虎夫(とらお)」

「一年の亜玖珠(あくす)」

「一年の吽母(うんも)」

「竜虎(りゅうこ)、阿吽(あうん)ちゅうわけじゃ、よろしくな」龍雄が手を差し出してきた。

ひなたも握り返す。

「この丘を守って戦うっちゅうお前に、オヤジは惚れとる、応援するけえの!」

「うん、ありがとう、ってか・・・・・・なんか前のチンピラ風とは違うね」

「やる事が無いけぇ、燻っとったんじゃ」龍雄が言うと、他の三人もウンウンと頷いた。

 

島が、大きく、大きく揺れる。覚悟を決めた人間に祝福を与えている。ひなたはそう感じた。

七人で島を見渡す。

ひなたはひなたの為に、他の誰の為でも無い。自分の為に動いている。

 

絶望が希望に変わった。