朝になると雪が積もっていた。

サングラスをかけた二人いたうちの一人はこの島から逃げてしまった。その事で身動きがとりづらくなり

ただでさえイライラしている男は車で寝泊りする身、これで更に寒くなると思うと舌打ちをした。

リゾート開発派は島にもうほとんどおらず、推進派の自分達を泊めてくれる宿もホテルも無い。

あかりも同じく助手席に乗っていたが、寒いなどとは一言も嘆かなかった。

あかりは自分のバッグから歯磨きセットを取り出した。

そしては女子トイレの洗面所に経つと、ひどく咳き込んだ。

 

「こりゃあ何だ」男が車から紙を持ち出して来て言った。

「何って、ウチの診断書じゃろ」あかりは公園の水道で口をゆすぐ。

水を吐き出すと赤い。

「肺炎って書いてあるじゃねえか」

「そ。入院せんといけんらしいね」あかりは他人事のように歯を磨き始めた。

「大丈夫か?」

「試合よりウチの体、心配してくれるん?」あかりは口から歯ブラシを取って言った。

「お前にヤキ入れてたのは逃げたアイツ(原田)だけだろ?」

「そうじゃね、原田の兄ィは、浄(キヨシ)兄ぃより立場が上じゃけ、何も言えんかったんよね」

「ああ、悪かったな」浄は少し俯いた。

「原田の兄ィはカッコツケでサングラスかけとったんじゃろ?」そう言うとあかりは歯を磨きだした。

「ああ、俺の場合は、原田の兄ィのケジメだかなんだか解らん酔狂に付き合わされてこれがないと眩しくて外に出れん」

あかりが口をゆすいで吐き出す。

「でも原田の兄ィが裸同然で船で逃げたって、笑えるね、チャカまで奪われて」あかりが笑顔で浄を見る。

浄は(こんな話を聞かれたら指一本かな)と思いつつも、笑顔になった。

「大丈夫、ウチはあと一週間は普通に生活出来るって言われたけ」

「普通に?」

「そ、それ以降は知らん。あ、下着かえるわ」

あかりはそう言って女子トイレの個室に入っていった。

と思うとすぐに出てきた。

「いけん、ストックがないなった(無くなった)」

「買いに行くか?」

「売ってくれんのよ、洗うの忘れとったけ、こりゃいけん」

「その辺から盗んでくるか?」

「浄兄ィが下着ドロで捕まったらシャレにならんちゃ」あかりは腹をかかえて笑う。

 

                         *

 

「雪の精霊の力です」カンノは朝一番に外に出て満足そうに呟いた。

「風呂あがりじゃけ、外出たら風邪ひくっちゃ」ひなたはボーっとした頭でオイデオイデをした。

 

ひなたのボーッとしていた頭が急に冴えた。

あかりがこちらへ向かって歩いてきている。

「ひなちゃーん、おったおった」あかりは右手で挨拶をする。

「何の用?」ひなたはカンノを抱き寄せてキツく言った。

「パンツ貸して」あかりは頭をポリポリかきながら笑って言った。

「パ、パンツ?下着?」ひなたは思わぬ発言に戸惑った。

「そ、下着、出来れば勝負用の」

あかりの言葉に、「勝負用って何?」とカンノがひなたに聞いた。

「ひ、ひなちゃんは知らんでええ」顔をひきつらせてひなたは言う。

「ホテルも泊めてくれん、毎日寒いし、下着のストックものうなってしもうた」あくまでフランクな態度のあかり。

「しゃあない、何枚?」

「二枚・・・・・・今日と明日のぶんな」あかりは指を二本立てて言う。

「まっちょれ、持ってくるけ」ひなたはため息をつくと家に入っていった。

 

それを待っていたかのように、あかりは醜く咳き込んだ。

雪の上に赤い点が出来ていく。

「ふぅ」

咳き込んで楽になったのか、あかりは口の周りの血をハンカチでぬぐった。

「それ、上の人に殴られたんじゃないですね?」カンノが言った。

「いやいや、上のモンは厳しくて、殴られて殴られてのぅ」あかりは手をペラペラ振って否定した。

「・・・・・・」カンノは黙ってあかりを見ている。

「ひなちゃんに言わんちょって・・・・・・」あかりは真剣な顔で、カンノの目を見て言った。

「解りました」カンノはそう言って、雪の上の血の痕を足でグリグリと消した。

「悪いのぅ、まあ、ウチの体はまだ持つけぇ」

「肺炎ですか?」

「いや、もうちょっとだけ悪いかな?」

「結核ですか?」

「うん、まあそんなトコ、大丈夫大丈夫!」そう言ってあかりはカンノを見た。

「入院して下さい・・・・・・」カンノが涙目になっている。

「おいおい!私、敵。敵ね?わかる?」あかりは自分を指差した。

「ダメです・・・・・・入院して下さい」カンノは今にでも泣き出しそうだ。

 

 

紙袋を持ってひなたが家から出てきた。

「ほらパンツ。ってか、あかり!カンノちゃんを泣かしたんか?」ひなたは少し怒っている。

「うん、まあ直接泣かしたのは違いないかの」あっけらかんと、あかりは言った。

「うううううー」潤んだ目でカンノはひなたを見る。

 

「ありがとな!また明日!ってか明日本番じゃ!まっちょれよ!」あかりは叫びながら走っていった。

あかりは下を向いている。

「どうしたんか?」ひなたが聞いても首を左右に振るだけだった。

 

 

                       *

 

「コーチ、今日のメニューは?」ひなたがカンノに言うと、彼女は手をパーにして突き出してきた。

「試合の前の日はゆっくり養生するのが私式だから、ショッピングとかに行くのがいいかも」

「最後になるかもしれんけ、いっしょにショッピング行くか!」

「うん!」カンノが飛び上がって喜んだ。

しかしその後、少し暗い顔をした。

「どした?カンノちゃん」ひなたが顔をのぞくようにして来た。

「ううん、なんでも(あかりさん・・・・・・)」

 

 

                       *

 

「ウチの人生は。ってまだこの年じゃけど、ひどいもんじゃ」

下着を履き替えたあかりが、女子トイレの個室から出てきて言った。

「ヤクザが嫌いか」浄は不満そうに言った。

「正直そうじゃね。両親に捨てられて、ヤクザに拾ってもらって売春からスタート」

「そうだったな・・・・・・」

「それから下っ端に入って、ことあるごとに暴力」

「そういう世界だ」

「ホント、恨む。自分の人生」

「じゃあどうするんだ?」

「どうするって、今やっちょる」

「リゾート計画か?」

「そう、こんなになったウチの良心がこの島に残っちょる」

「天川ひなた、だな」

「うん」

「わからんな、あいつを倒してリゾートか・・・・・・勝負せんでもストレートに確保できる場所だったのにな」

 

 

「ひなちゃんごと、全てを壊したい。自分の希望があるなら、それを潰してしまいたい!」

「・・・・・・」浄は黙ってトイレの入り口に体をもたれかけさせている。

あかりは雪の上に四つんばいに崩れこんだ。

「あーあ、言うてしもうたわ。言うてしもうた。」

あかりはそう呟きながら雪をグシャリと握りつぶした。

冷たさは感じない。心が痛いせいだ。

あかりは咳き込んだ。

ポタ、ポタ。

血ではない、涙の粒が雪に落ちる。

「普通で良かったんよ、ウチは、普通で・・・・・・」