《そこで死んだらキヨワちゃん!》

 

「で、部活の見学だって?」女子ボクシングの主将がキヨワの頭から足までをじろじろ見ながら言った。

「はい、キヨワは強くなりたいのです!」

「ふーん、背が低めで幼児体系・・・童顔・・・あんた小学生じゃないよね?」

「ちゃんとここの大学の生徒です・・・」

「でもさ、見学の迫力見て、やめる人多いから、体験して行って欲しいわけよ、こっちとしては」

「あの・・・殴られるんですか?」

「グローブがあるし、別に試合形式になったら痛いとかあんまり思わないから大丈夫」

「はい・・・じゃあ体験で」

「強く成りたいってことは、いじめられてるの?」

「はい・・・パンツごとブルマをいきなり脱がされたり・・・」

「そんな事する奴がいるのか・・・誰だそいつは」

「あの・・・そこでバナナ食べてる人です」

キヨワが指差す先には、楽しそうにバナナを食べながら窓の外を見ている女子がいた。

「レンナかよ・・・この部活の問題児なんだよ・・・おい!レンナ!」

「ほい、部長のゴリラ、バナナ分けて欲しかった?」

「いや、部活の体験希望者がいるから、軽くスパーの相手してやって」

「よし!胸を貸してやろう!」

(レンナは強くないから、ある程度パンチ打ち込んで復讐してきな)

部長はヒソヒソ声でキヨワに伝えた。

「はい!キヨワがんばります!ゴリラ部長!」

「ゴリラじゃない・・・部長でいい・・・私がゴリラズ好きで聴いてるから勝手にあいつが呼んでるだけだ」

「おお・・・お・・・怒らないで下さい」

「怒ってないし、何でプルプル震えてるんだ?」

「キヨワはすぐ緊張しちゃうんです・・・優しく接して下さい・・・」

「あっ!プルプルしてる!チワワだー!」レンナがキヨワを指さして笑った。

「話が進まんから二人ともリングにあがれっ!」

部長の一言で二人はリングの上で対面した。

「よーし、レンナ、相手は初心者だ、軽くな。」

「ほーい!じゃあチワワ、これつけて」

「キヨワです!・・・あ、マウスピースですね、ありがとうござ・・・」

異臭がする、あからさまに洗っていないマウスピースだ。

(ひぃー、新入りイジメですかっ)それをキヨワは口に出せず、しょうがなくそのマウスピースを口に含んだ。

「じゃあジャブで軽くいきまーす、えいっ!」

パンッ!

「あへっ!」レンナのジャブ一発でキヨワは倒れそうになった。

キヨワはそのままポーッと突っ立っている。

「キヨワ!しんどくなったら終了するからすぐ言うんだぞ!」主将が焦って叫んだ。

「ほーれジャブの連打じゃ」レンナは軽いジャブを連続で打った。

張りのいい音が部室内に何度も響き渡る。

キヨワは相変わらず、ボーッとしている。頬がピンク色を帯びていた。

「頑張るな、じゃあちょっと強くやっちゃえ!」レンナはフックを打ってみた。

ぐしゃっ!

キヨワの右頬にグローブは食い込み、キヨワは口から唾液の塊を吹き出した。

トットットッとキヨワは倒れそうになりにながらも踏ん張った。

そして、くの字に体を曲げて息を荒くしている。そして「あへっ」と呟いた。

「あへっ?」部長には聞こえたようだ。

鼻血がぽたぽたと落ち、口からは唾液と血が垂れている。

「ごほっ・・・」いきなりキヨワは口から血を吹き出した。

「おい!そろそろ終われ、なんかキヨワが血を吐いたぞ!」あわてる部長。

「じゃあレンナ特製アッパーで終わりにしまっす!」

レンナは地面を擦るような低位置からアッパーを打った。

ぐわしゃっ!と音がして、アゴが跳ね上がりキヨワの口から血みどろのマウスピースが吐き出された。

ぐるん!とキヨワの目が白眼になる。

そのまま、ずだんっ!とあおむけに倒れ、マウスピースは傍らで血を撒き散らしながら乱舞する。

「やばいってレンナ!やりすぎだよそりゃあ」部長が焦ってリングにのぼり、キヨワに駆け寄る。

「おい!おい!キヨワ!大丈夫か?」

「たいへん・・・気持ちの良いものでした・・・」うわごとのようにキヨワが言う。

「はぁ?・・・顔面打たれておかしくなったか?」

「いえいえ・・・がぼぼ」急にキヨワは血の泡を吹き出して、両足をバタバタさせる。

「これヤバいぞ・・・レンナ!様子みといてくれ!保険の先生連れてくる!」

「あいあいさっ」

部長が廊下から出ようとすると、レンナが叫んだ。

「あ、もう大丈夫みたいでーす」、すぐにレンナは言った。

「大丈夫?ちゃんと息してるか?」部長はリングによりながら言う。

「いえ、脈止まってまーす」

「げぇぇぇぇ!」部長は頭を抱えて叫んだ。

「どっかに埋めればいいんですよ♪」レンナは軽い口調で言う。

部長の頭には「殺人」「刑務所」等の言葉がグルグルと回る。

部室はシーンと静まり返り、部長は必死に色々と考えている。

「う・・・埋めるか・・・」部長が言った時。

「何を埋めるんですかぁ」と、キヨワがむっくり上半身を起こした。

「わっ!生き返った」

「あー、たまに私、死にます・・・」

「あ、そうなの・・・」部長は何が何だか判らなくなってヒクついた顔でそう言った。

「川を渡ってました、向こう岸には死んだおばあちゃんがいました」

「で、ここにはまだ来ちゃいけないって言われたのね」部長はショート寸前の頭で言った。

「いえ、渡った瞬間に、おばあちゃんがブーメランフックを打ってきて、またもとの場所に

吹き飛ばされたんです」

「・・・」

 

とりあえず、キヨワは今日、五分ほど死んだ。