「う、う〜〜〜ん!」ひなたは背伸びをした。

「ふぁ〜〜」それに応えるようにカンノがあくびをした。

「あれ?カンノはお昼ねの時間か?」

「さすがに小学校になるとお昼ねの時間はありませんよぉ」

「それにしても、ウチが乗ってる試合告知のポスター、どこにも貼ってあるのお」

電信柱という電信柱に、ポスターは貼ってあった。

「私みたいな小学生と遊んでていいんですか?」

「いや、コーチと親睦を深めるって事で、今日はええじゃろ」

「もっとボーッ!と炎のように燃えてる人を想像してました」

「ウチは違うなぁ、感情を読み取られる事はあまり無いけど・・・ああ、燃えてるってのは当たりか」

「あ、そうだ。ひなたさんの大事な場所、あのブログに載ってる丘に行きませんか?」

「ああ、ええよ」

ひなたは、丘にこころと仁がいないか、少し心配した。今は会いたくない。

「じゃあ、お菓子買って行きましょう!」カンノは来た道を戻る、途中に駄菓子屋があったからだ。

てとてとてとてと・・・必死に走っているようだが、ひなたは早足で追いつく事が出来た。

駄菓子屋が目前に迫った時、高校生グループが店の前で、たむろってるのが見えた。

その中の一人が、ひなたを見つけた。

「オイ、あんな場所ははよう潰してリゾート地にならんかのぅ」ひなたに聞こえるようにワザと言った。

「何言うとるんじゃ?」他のメンバーは聞いたが、黙ってそのグループの一人がひなたを指差すと

「あぁ、そういう事か」という顔をした。

「おれ、温泉プールで泳いでみたいわ」

「ええの、俺も一日そこで、まったりしたいわ」

グループは皆、ひなたを見ながら話し合っている。

「くっ!」ひなたは飛び込んで手を出す気だった、だがカンノに袖を引っ張られた。

「停学ですよ!停学になっちゃいますよ!ひなたさん!」精一杯カンノは引っ張って止めようとしている。

「オイ、何か怒ってる奴がこっちに来るぜ」

「おう本当じゃの、怖いのう」

そしてその連中は皆、バットを持っている「たちの悪い」連中だった。

「一人でもやっちゃる!」ひなたはカンノをひきずりながらその連中へ歩いていく。

「普通にレジャーランドになるのを望んでいる人もいるんですから!」ひきずられながらカンノは叫ぶが効果はない。

(私は無力なんだ)せめて大人の背と力さえ有ればと、カンノは思った。

そして無駄だと知りながら、凍って足場の悪いアスファルトに抵抗するように靴のかかとに全体重をかける。

そして踏ん張って手に力を込めて引っ張る。

「一つの暴力で全てを失ったボクサーもいるんですから!」必死に訴える。

「ふーーー」と息を吐き出してひなたは止まる。

「わかった・・・」そう言うとひなたはカンノを体に寄せ、普通に駄菓子屋に入ろうとした。

「な、何を買っていきますか?ひなたさん」カンノがそう言った瞬間に、ひなたに足が引っ掛けられた。

ひなたは豪快に前に倒れた。

バットを持った連中はそれを見てただ笑っている。

「こけちょら(こけてるぜ)」足を引っ掛けた一人がさらに笑った。

ひなたのガマンは限界を超えていた。

ただカンノが必死に止め様としてくれている事だけがひなたをこらえさせる。

「ひなたさん・・・」カンノは泣いていた。泣きながら倒れた拍子に付いた泥をハンカチで拭いてくれている。

 

「ガキはハンパな事しかせんのぅ」

ひなたの聞いたことのある声だった。

「あん?」グループの一人が声のある方向を向いた。

その瞬間に、近くの道に立てかけてあった鉄製看板が目の前にあった。

ガゴッ!と音がしてグループの一人が倒れる。頭に看板が当たったらしく、すぐに血が大げさなほどに出てくる。

「何するんじゃオノレ!」そう叫んだ一人も即座に看板で頬を打たれて吹っ飛んだ。

「能書き垂れる前にやれ、お前らアホじゃのう」そう言って看板を持っている人物。

仁だった。

「こいつしっとる!自分のオヤジを刺したこともある奴じゃ!先輩から聞いた!」

一人がそう言うと、そのグループは戦意喪失してしまった。

「オヤジ、確かに刺したの。まあ俺の仲間を軽蔑した罰じゃ、すまんのう、全員無事では返すつもりは無いんじゃ」

そしてあっという間に仁は全員を看板で殴り、全員を地にはわせた。

「病院は呼ばん、自分で呼ぶなら呼べ」仁はそう言うとひなたを起こした。

「ひなた、ワシが余計な事言うたせいで、こころともめたんか、すまんの」

仁の後ろから、こころがひょっこり現れた。

「ウチらの場所を守るために戦うんてね(だね)、一人で感情的になって悪かったと思うちょる・・・」

しょんぼりとこころは言った。

ひなたは一通り服についた土を払うと、ばつが悪そうに

「正直、寂しかったんよ」と笑って見せた。

「あの丘を守る為に、再度三人組は再結成じゃ」仁も笑顔になる。

「ほら、マンガみたいに手を合わせて・・・さ」そう言ってこころは手を前に出す。

ひなたと仁はその手の上に手を重ねる。

壊れてしまったと思った三人の関係が戻って来た。

残った問題もあるが、それに増して結束力の強さを三人は感じた。

 

小さな手が三人の手の上に乗せられる。

「四人組ですっ!」カンノだった。

ひなたはこれまでの経緯、カンノについてを、こころと仁に伝えた。

「可愛くて力強い四人目じゃね」こころはカンノの頭をなでながら言った。

「初めてです!友達っていうには年が離れてるかもしれませんが、仲間って楽しいです!」カンノは笑顔が止まらない。

皆が幸せだと感じている時、ふいに声がかけられる。

「カンノちゃん!探しましたよ!」

そこには眼鏡をかけて高そうなフカフカの毛皮のコートを着た40歳位の女性が立っていた。

「あ・・・」カンノはそう一言だけ言うと、うなだれた。

 

                      *

「親が来られちゃどうしようもないのぅ」丘の上で仁が言った。

「私達の言葉、あっちのお母さん全然聞き入れてくれんかったし、そんな義理もないしね・・・」

こころは港の方を見ながら言った。

 

ひなたは、カンノを見送る為に波止場にいた。

「急にお邪魔してご迷惑かけまして」カンノの母親はひなたに言った。

「いえ、とても楽しかったです、こちらこそすみませんでした、カンノちゃんの年齢も知らなかったもので」

ひなたはあっさりと言ったが、カンノの自由から束縛されている身に心が痛んだ。

カンノはひなたのコートの袖を持ってうつむいている。

 

                      *

カンノは海を見つめる。

遠くから客船が来る。

つかの間の自由を楽しんだ、ただそれだけだった。

また、ほとんど休んで友達のいない小学校と、仕事に縛られる毎日を想像する。

GPSの付いた携帯電話から逃れる術は無い。業務連絡等があるので、クセで電源をオンにしたままだった。

頭から楽しかった思い出をデリートして行く。私はこんな楽しい場所には来なかった。

私が素晴らしい仲間を持てたのは夢だった。

空は見ない、私の住んでる都会みたいにビルの間から見え隠れするのが空だ。

きっと夢だった。

旅行冊子をめくって、「素敵だな」と思った場所に付箋を挟んだだけなんだ。

だから、泣いてはいけない。

 

                       *

「さあカンノちゃん、船が着きましたよ。

がらがらに空いた船には誰一人乗っていない。

カンノには少し幅が広い乗り場から船。

乗り込むとふーわふーわと地面が揺れる。

そして船は帰りへと出発する。

 

「カンノちゃん、また遊びに来てね!」

ひなたは大声で叫んで手を振る。

カンノはうなだれて返事もしなかった。

船が出る。

島が遠くなってしまう。

メールという文字だけでまた繋がるだけだ。

島が遠く・・・」

 

 

カンノはコードを脱いだ。

「カンノちゃん、冷えますよ」母親がコートを持って着せようとした。

 

「ひなたさんは自分の憩いの場所を守る覚悟を」

「なぁに?」母親はカンノが何を言っているのかわからずに返答だけした。

「仁さんは、ひなたさんを守る為に退学も覚悟してワルモノをやっつけた」

「覚悟って?」

「そしてこころさんも少ない仲間の為に、ひなたさんの為に。覚悟を・・・」

「何言ってるの?カンノちゃん、コートをかけないと」母親が再度コートを着せようとした時

 

「お母さん、私、覚悟しました!」母親の目を真剣な目で見つめてカンノは言った。

初めて面と向かって母親に自分の意見が言えた。

そして荷物を全て置いたまま、海へ飛び込んだ。

「カンノちゃん!」母親は驚愕して叫んだ。

カンノは海から肩まで浮力で浮き上がると、泳ぎだした。

 

ひなたの所目指して。

 

海は想像を絶する寒さだった。

それでもカンノは泳いだ。

頭には宮沢賢治の「よだかのほし」が浮かんだ。

死してなお空へ、空へ。星になるまで飛びつつけた「よだか」。

それが気力となってさらにカンノを動かす。

塩水が時折、口に入ってきて呼吸が苦しくなる。

それでも泳いだ。

「ひなたさーん!」カンノは力いっぱい叫んだ、更に口に塩水が入り込んでくる。

むせても次から次へ。

体が寒さより凍えに変化して来た。

ぶるぶると体が震える。

それでも両手を使って泳ぐ。

陸は思ったより遠い。

ダメでもいい、覚悟してやった事だもの。カンノはそう思った。

今度は水をかいている両手が指の先まで痛くなってきた。

(仲間が、待ってる!)

水をかぐ力がもう無くなった。

足もバタつかせていたが、限界だった。

(自由・・・)カンノは届くはずのない陸に向けて手を伸ばす。

(だめだった・・・)カンノが希望を失いかけた時。

陸から泳いで誰かが来る。いや、誰かではない、その人物をカンノは見ずともハッキリとわかった。

ひなただ。仲間だ。

水に顔が濡れているのが、カンノ自身は涙が溢れてくるのをしっかりと感じた。

声はもう出ない。出せない。

(私は、よだかのほしになれた・・・)

気絶寸前の水に沈もうとしているカンノは、水から顔まで引っ張り上げ、肩をかけてもらう感触がした。

「カンノちゃん!もうちょっとだから耐えて!」

ひなたの声がした。

カンノの意識がフェードアウトして行く。