《島。見渡す丘で》

 

ひなたはご飯を茶碗半分ほど食べると、ごちそうさまをした。

「珍しいの、なんか体調でも悪いんか?」浩太はほろ酔いながらもわが娘を心配する。

「あんまり食べとうない時って・・・あるじゃろ」

ひなたはそう言うと、ぷいっと自分の部屋へ行ってしまった。

「あかりちゃんに会うたんじゃろうの・・・」浩太はポツリと言った。

 

(何でもっと冷静に話が出来んかったんじゃろ)

ひなたは自分の髪をクルクルと巻きながらそう思った。

(会って昔話で盛り上がる予定じゃったじゃろ・・・何で喧嘩になってしもうたんじゃ・・・)

そして自分の腹部をさする。

(ためらい無く殴ってきたなぁ、あかり。もう昔のようにはなれんのじゃろうか)

考えると塞ぎこんでくる。

(早いけど寝るか)

ひなたは布団を敷いて、横になった。

(風呂も入りとうない、なんかこのまま今日は寝たいの)

グダグダしているひなたを呼ぶ声がする。

「ひなた、あかりちゃんから電話よ」七海の声だ。

「あかりっ?」

ひなたは四つんばいでがさがさがさっと進むと、電話をとった。

「あかり?」

(そ、ひなた。今から会えんじゃろか?)

「話し合い?」

(じゃね、今日はちとやり過ぎたと思うちょるけぇ)

「どこ!?」

(波止場でええかね?見張り役をまいてやっとここまで来たんよ)

「解った!行く!」

チン、と電話を切ると、ひなたは自転車に乗ってフルスピードで波止場へ向かう。

5分程度で着くはずだ。急いで出てきたせいで手袋を忘れた。指の末端が痛い。

早く。出来るだけ早く。

冷たい空気で肺が少し痛い。

潮の匂いがして来た。もうすぐ波止場に着く。

そして着いたと同時に自転車が倒れようと気にせず、あかりを探す。

寒い。やっと寒さというモノを感じるような余裕が出来た。

「ひなちゃん」

昼間と同じ格好であかりは立っていた。

「あかりちゃん、どうしたん?ウチ、もう一度話したかったから飛んで来たんよ」

「ひなちゃんの息遣いでよう解る。相当頑張ったんじゃね、チャリンコで」

「あかりちゃんに・・・あそこを買い取るのをやめて欲しいって頼むつもりじゃったんよ・・・あーしんど・・・」

「その件なんじゃけど」

「ん?町長がええ返事せんのじゃろ?」

「いや、町長折れたわ、正式に買い取る事になったっちゅうことじゃね」

「誰も知らない間に、あの憩いの場が買い取られたっちゅう事か」ひなたはあかりを睨む。

「スピード勝負じゃけ、物事がゴッチャになる前に手は打っとくんよ」

「何か悪い事でもしたん?何ですぐに町長はあそこを手放したん?」

「そりゃあ・・・町長も家族が大事じゃろ?」

そのあかりの一言で、ひなたは全てを悟った。

「・・・揺すったんか」

「そう、揺すった」

 

「あかり・・・あかりのおる会社は悪い会社なんか?」

「解らん、その辺は麻痺しちょる」

「良心は・・・無くなったんか?」

「有るよ、ここを離れた時、置き忘れた」

「この島の何処に良心を置いてきたんじゃ!」

 

かちゃっ

 

あかりが黒光りするモノを胸ポケットから出した。

銃だった。

 

「ウチの良心はアンタ。アンタがいなくなると心が楽になるんよ、きっと」

 

ごりっ

 

銃口がひなたの額に当てられる。

「ウチがあれからどういう人生を生きてきたか、知らんのにええ子ぶるなっちゃ」

「ウチを・・・撃つん?」ひなたは神妙な声で聞いた。

「見せて自慢するつもりはないけ、このままズドン。この海に沈んで欲しい」

(死ぬんじゃ・・・ウチ・・・死ぬんじゃ・・・こんな人生だったんじゃ・・・)

ひなたが目をつぶる。

 

 

「あー、こりゃいけん」

「?」あかりの声にひなたは片目を空けた。

あかりは銃の先を見ている。

「サイレンサー忘れてしもうた、あれがないと音が響く。車から取ってくるからまっちょれ」

「今?今?今!」

ひなたは急いで自転車に乗り、来た時と同じ、フルスピードで家へ向かった。

「ま、芝居じゃ。やっぱり逃げよったの。弾も入っとらん。まあ解るわけ無いよのう」

あかりは胸ポケットに銃を入れた。

そして防波堤を背に、しゃがみ込んだ。

海からの風が冷たい。

 

「撃てるわけなかろうが・・・ひなちゃん・・・撃てるわけ・・・」

あかりはそこで、少し泣いた。

それは変わらないひなた、そして変わってしまった自分へ。