《島。見渡す丘で》

仁の父親が倒れた日

ひなたは明日の祭りで思い切り遊ぼうと思っていた。

父親や母親に小遣いをねだる。

浩太は気前良く一万円くれた。祭りは大好きらしい。

ひなたは自分の部屋へ戻り。一万円札のすかしを見る。

とりあえず偽札ではないらしい。

 

だが、そこでテンションは落ちてきた。

(あかりが私を殺そうとしたんじゃ)

あかりは本当は殺す気は無かったようだが、まだひなたは油断出来ない。

二度会ったが、話し合いの余地もなさそうだ。

そして、ひなたが皆に広める前に、あかりの地上げ計画は島民に知れ渡っていた。

考えれば考えるほど、ひなたはあかりの事が解らなくなっていった。

「ひなたー、行くぞー」こころと、仁だ。

一万円札をサイフに入れると、玄関で革靴を履きながらコートを羽織る。

玄関を出ると、雪が降っていた。

「こりゃコートで正解じゃ、寒ぅてたまらんの」ひなたは空を見上げて言った。

「ウチ、雪は大好きじゃ、寒ぅても、綺麗じゃ」こころは両手を挙げて喜んでいる。

 

「楽しまんとの・・・」仁がポツリと言ったので、ひなたとこころは仁を見る。

「次の正月は、もう俺らは卒業して離れ離れになるんじゃろ」

そう言って沈黙がしばらく続いた後、仁は笑い出した。

「なんで俺ら三人組にはムードメーカーがおらんのかいの、俺は不良あがり、ひなたは真面目すぎ。

こころはビミョー。じゃろ?」

しらっとした空気が流れる中、仁は「チョコバナナ探そうやぁ」と言い、ずいずい歩き出した。

「こころ!告白するなら今日じゃ!」ひなたが、こころに耳打ちをする。

 

 

                               *

元々、末木こころは、友達がいなかった。

かといってイジメにあっている訳でも無く、学校でも空気のような存在だった。

親も優しい、だが帰って夕飯になって「今日の学校どうだった?」と母親に聞かれても

「うーん」としかいい様が無かった。それに、人と比較して自分はつまらない人生を送っているとも

思えなかった。

中学生の頃、一度告白された。

こころは快く「いいよ」と答えた。それから二週間くらい経っただろうか?

「お前、つまらん」と向こうから別れの言葉を言ってきた。

そこで、こころは人生についてやっと悩むようになった。だが「人生の教科書」というものは本屋に置いていない。

悩んだあげく、憩いの場所の「丘」のベンチにぼーっと座って景色を見ていた。

「何か見える?」

声をかけて来た女子がいる。モノ好きもいるもんだなと、こころは思った。

振り返ると、人生が満ち満ちているような顔をして、ひなたが立っていた。「何みとったん?」さらに質問が

飛んできた。

「えーと、人生の教科書を探してる」と、こころはぶっちゃけて言ってみた。

「うーん・・・」ひなたはそこで考え込んだ。

その間に、自転車を押して男子も来た。仁だった。

ただ見ただけで、言葉どおりの「一目ぼれ」を、こころはしてしまった。

だが、仁だけが目的で三人でたむろって行ったワケではない。

ひなたは人の真面目な話を本当によく聞いてくれる。「明日、イネ婆ァに聞いて見る」と宿題のように

人脈を使って救ってくれたりもした。

いつの間にか、この何とも言いがたいトリオが完成した。

 

卒業が迫ってくると、こころは仁の進路先が気になってしょうがない。まだ告白もしていないが、どこか

遠くへ行ってしまうのだったら告白しようと考えていた。

 

仁は東京の大学へ行くらしい。そう知った時、こころはひなたに相談をした。

「お祭りで盛り上がってる時に告白しちゃったら?」が、ひなたのくれた答えだった。

 

                               *

「じゃあ私は一人で行動するけぇ、お二人で色々祭りを堪能したらええよ」

非常にわざとらしく、ひなたはそう言いながら人ごみに姿を消した。

「何じゃあいつ?」仁は勿論、何の事だか解らない。

「場を作ってくれたんじゃ・・・」こころは正直に言う。

「場?ようわからんが、何か食うか?」

仁の言葉に、こころは首を左右に振った。

「仁が・・・仁が好きじゃけ・・・」

「は?」仁は声が裏返った。

こころは、ストレートに何でも発言する。

「驚いたじゃろ?いっしょにお祭り、二人で周りたかったんよ」

その言葉に、仁は少し考えて

「それは告白か、それとも自分の気持ちを伝えただけか?」と言った。

こころは足元の砂利を足でかき回しながらうつむいている。

「俺が東京へ言ったら、寂しい思いをさせるかもしれんけぇ・・・の?」

仁は、はぐらかすように言った。

「それって、付き合うのはダメ・・・って事じゃろか」うつむいたままのこころが呟く。

「ダメ・・・っちゅうか、いきなりで・・・よう俺も解らん」仁は真剣に考えている。

 

「こころ、上手くやっちょるかのぉ・・・」ひなたはこころが、かなり心配なようだ。先ほどから出店で何も買っていない。

「派手にやっちょるの、祭り。田舎じゃけいうて馬鹿にしとった」と、後ろから声がする。

あかりだった。

ひなたは、あかりに振り向くときつい目つきで睨んだ。

「何もせんよ、したらこの島におることすら出来んようになる」そう言ってあかりは元気なく笑った。

「反対派は多いけ、馬鹿には出来んよ、私も反対派にはいっとる、今度デモ起こすけ」

「どこで起こす?面が割れてからはどこの宿も泊めてくれん、まあ疲れたら車の中で寝とる」

そう言うとあかりは咳き込む。

「風邪か?」

「さぁ?」そう適当に言うあかりだが、口を押さえた手に血が付いている。

 

「ウチの会社のモンにリンチ受けての・・・

時間は残り少ないっちゅうこっちゃ、仕事終わらせんと病院にも行けんけぇ」

「じゃあ、デモ起こしても意味ない?」

「無いじゃろ、ウチは即効動くわ」

また醜い咳をあかりはコホコホとした。

そして口まで上がってきた血をペッと吐き出す。

「ひなちゃん、条件出してもええよ」

「条件?」

「ウチ、ボクシングやっててな、勝負して、ひなちゃん勝ったら何もせんと帰るわ」

「ボクシング?」

「そう、一方的じゃないっちゅうのも、ウチの良心じゃけ」

「良心?」

「ウチの良心はアンタ、ウチが勝ったら容赦せんと工事するけどの」

「ウチが受けてたつと決めたような言い方じゃね」

「それしかあの丘を救う方法は無いんじゃけ、呑んどけ」

「一週間くれん?」

「ああ、ええよ。しっかりトレーニングすりゃええ」

あかりはそう言うと、フラフラとしながら歩いていった。

 

 

                              *

 

あかりはサングラスの二人組みと向かい合っている。

「こりゃ報告せにゃの、つまらん事考えよって」一人が、あかりの腹を蹴る。

「うぐぅっ!」あかりは血を少量吐き出して膝をついた。

「余興じゃ、本格的にボクシングやっとるウチに、素人が勝てるワケなかろうが」

「・・・これでこの話が流れたら、命は無いけぇの」もう一人のサングラス男が言う。

 

                              *

 

黒金あかりは、ひなたと遊んでいる幼少の頃が人生で一番楽しかったと思っている。

父親のバクチ道楽で家を失った一家は、島を出た。

そして両親の離婚。あかりの目の前で、あかりをどうするかを押し付けあう姿も見た。

高校生頃の年になると、嫌々あかりを引き取った母の元から離れ、一人暮らしをするようになった。

「金が欲しい」まずはそれだった。

就職難の時代、あかりを受け入れてくれたのは、暴力団の息のかかった不動産屋だった。

殴られ、蹴られながらその縦社会を生き延び、慣れた頃に、大きな仕事をまわされる事になった。

皮肉な事に、ひなたのいる島の地上げだった。

そこでひなたを思い出したあかりは、自分の良心はひなたにあると感じるようになった。

彼女の事を考えると安堵する。やっぱり昔はよかった。そう、あかりは常に思っている。

 

                              *

 

一月三日

ひなたはインターネットを検索している。

「ボクシング教えます」で何件か引っかかった。

父親の正月の神輿を担いだ自慢話も無私している。

(金ないけぇ・・・安いところ・・・)

一向に見つからない。

困ったあげく、東京のチャット仲間に相談してみる事にした。

「あぁー!」ひなたは背伸びをする。そしてある事に気がついた。

ボクシングの試合のことを誰にも話していない。

「勝って説明したら納得するじゃろ」そう言ってボーッとしているとメールが一通来た。

 

―私、一応ボクシングやってるよ?そっち行こうか?−

 

ひなたは「YES!」と書いて即座にメールを返信した。